インタビュー03「場所と写真――トポグラフィの視覚文化論」/佐藤守弘
本日はQueryCruiseに講師としてお招きしております、京都精華大学デザイン学部准教授佐藤守弘先生の研究室にお邪魔しております。

―まずは先生ご自身のお話から伺っていこうと思います。よろしくおねがいします
よろしくおねがいします。
―佐藤先生のご専門は芸術学ということですが
そうですね、ただデザイン学部という名前でわかると思いますが制作系の学生を教えています。ですが、僕自身としてはモノをつくるわけではなくて、いわゆる芸術、デザイン、あるいはうち〔京都精華大学〕にはマンガ学部というものもありますが、これらのジャンルに共通するひとつの理論あるいは歴史のようなものを教えています。
―先生ご自身の研究テーマについて教えていただけますか
芸術学とは言っていますが、実はあまり芸術の研究はしていません(笑)。むしろ芸術から対象をもっと広げて考えていく視覚文化論―ヴィジュアル・カルチャー・スタディーズといいますが―といったほうが正確かもしれません。そして直接に研究の対象とするのは19世紀から20世紀頭にかけての視覚文化、特に写真というメディアが中心です。ただそれも写真に限らず、絵画であったり、都市の問題であったり、そのあたりは幅広くやっています。
―先生が学生だったころはどのような研究をされていらっしゃいましたか
一番初めは江戸時代の泥絵というあまり知られていない絵画なんですけれど、言ってみれば土産物の絵ですね。地方の下級武士が買い求めて帰った、版画ではない肉筆の都市景観を描いた絵に興味がありました。都市景観、そういうのをトポグラフィといったりしますが、そこから都市とか自然に対する、もう少し広く言うと場所というものとそれ(メディア)との視覚的イメージの関係というのを中心に考えてきました。だから一方では風景論というものも僕にとっては非常に重要です。自然も都市も含めて、そういったところが研究テーマとなっています。
それから近代になって写真というメディアが重要になってきます。そういうわけで、たとえば海外向けに日本の風景や風俗を撮った「横浜写真」と呼ばれるようなものや、1910年代20年代、日本の都市部のアマチュアたちが田舎を撮ったような写真、あるいは1930年代における都市と写真の関係、そういったものに関心が広がっていきます。

―ありがとうございます。では佐藤先生が現在最も興味をもたれていることはなんでしょうか
今少し触れましたが場所とイメージの問題、僕はそれをトポグラフィと呼んでいますが、それが僕の中心的な問題です。そういったところから、今度は都市を風景として表象するだけではなくて、むしろその都市との関わり方ということから、たとえば1920年代から30年代における「考現学」というもの、それが1980年代になると「超芸術トマソン」や「路上観察学会」というところに行き、最近で言うと宝島の「VOW」であるとか―いろいろなウェブサイトでも見ることができると思いますが―いわゆる都市の細部を蒐集するという行為を写真論やコレクション論から考えてみたいなと思っています。
―先生のご研究の価値をご自身ではどのようにとらえられていらっしゃいますか
僕自身は視覚的イメージのことを考えていますけれど、これは実は視覚だけではなくて、たとえば都市デザインの問題であったり、ランドスケープ・アーキテクチャーの問題とも言うことができるだろうと思います。あるいは人文地理学における場所の問題であるとか、そういったところから都市やストリートの政治性、政治学というところまで広がっていくのではないかなと思っています。

―なるほど。現在ではたとえば保存行為ですとか「悪い景観」といったような都市における問題が「保存」「景観」が何であるのかという議論抜きに進んでいるように見受けられますが
そうですね、京都に住んでいる身としては非常にリアルな問題だということができます。といって、今の保存という体制に全て諸手を挙げて賛成できるわけではありません。実際保存ということを考えると、少なくとも明治くらいの国家政策と文化財の問題であるとか、あるいは国民国家の体制と絡んでくる問題です。そしてもうひとつの研究テーマとしてあるのが、京都がどのように表されるのかということです。つまり京都の表象の歴史、あるいは京都の観光化の歴史というものにも興味をもっているのですけれど、そのあたりというのは非常にポリティカルな問題が絡んでくる。すなわち「日本のふるさと」として表象される京都というのが近代にいかに構築されてきたのかということに関心をもっています。最近は奈良のほうまでひろがっていますが。
―範囲が広がってるわけですね
ただ一方では無計画に、というかもはや手遅れという話もありますが、つくられる都市がいいと言ってしまうと問題があるし、そのへん自分自身かなり悩んでいるところです。保存の問題、居住者と保存者の問題というのはすごくリアルなところです。まあこういう話までできるのかちょっとわからないのですが(笑)。
―なるほど。そういえば観光庁(2008年10月設置)なんかもできましたね
いまいちあのあたりはわからないんですけどね。あれは海外に向けてのものでしょう。ですから観光庁の発していく政策っていうのが日本表象の問題としていいネタを提供してくれるような期待はしています。つっこみがいのあるやつを(笑)。

―まずは先生ご自身のお話から伺っていこうと思います。よろしくおねがいします
よろしくおねがいします。
―佐藤先生のご専門は芸術学ということですが
そうですね、ただデザイン学部という名前でわかると思いますが制作系の学生を教えています。ですが、僕自身としてはモノをつくるわけではなくて、いわゆる芸術、デザイン、あるいはうち〔京都精華大学〕にはマンガ学部というものもありますが、これらのジャンルに共通するひとつの理論あるいは歴史のようなものを教えています。
―先生ご自身の研究テーマについて教えていただけますか
芸術学とは言っていますが、実はあまり芸術の研究はしていません(笑)。むしろ芸術から対象をもっと広げて考えていく視覚文化論―ヴィジュアル・カルチャー・スタディーズといいますが―といったほうが正確かもしれません。そして直接に研究の対象とするのは19世紀から20世紀頭にかけての視覚文化、特に写真というメディアが中心です。ただそれも写真に限らず、絵画であったり、都市の問題であったり、そのあたりは幅広くやっています。
―先生が学生だったころはどのような研究をされていらっしゃいましたか
一番初めは江戸時代の泥絵というあまり知られていない絵画なんですけれど、言ってみれば土産物の絵ですね。地方の下級武士が買い求めて帰った、版画ではない肉筆の都市景観を描いた絵に興味がありました。都市景観、そういうのをトポグラフィといったりしますが、そこから都市とか自然に対する、もう少し広く言うと場所というものとそれ(メディア)との視覚的イメージの関係というのを中心に考えてきました。だから一方では風景論というものも僕にとっては非常に重要です。自然も都市も含めて、そういったところが研究テーマとなっています。
それから近代になって写真というメディアが重要になってきます。そういうわけで、たとえば海外向けに日本の風景や風俗を撮った「横浜写真」と呼ばれるようなものや、1910年代20年代、日本の都市部のアマチュアたちが田舎を撮ったような写真、あるいは1930年代における都市と写真の関係、そういったものに関心が広がっていきます。

―ありがとうございます。では佐藤先生が現在最も興味をもたれていることはなんでしょうか
今少し触れましたが場所とイメージの問題、僕はそれをトポグラフィと呼んでいますが、それが僕の中心的な問題です。そういったところから、今度は都市を風景として表象するだけではなくて、むしろその都市との関わり方ということから、たとえば1920年代から30年代における「考現学」というもの、それが1980年代になると「超芸術トマソン」や「路上観察学会」というところに行き、最近で言うと宝島の「VOW」であるとか―いろいろなウェブサイトでも見ることができると思いますが―いわゆる都市の細部を蒐集するという行為を写真論やコレクション論から考えてみたいなと思っています。
―先生のご研究の価値をご自身ではどのようにとらえられていらっしゃいますか
僕自身は視覚的イメージのことを考えていますけれど、これは実は視覚だけではなくて、たとえば都市デザインの問題であったり、ランドスケープ・アーキテクチャーの問題とも言うことができるだろうと思います。あるいは人文地理学における場所の問題であるとか、そういったところから都市やストリートの政治性、政治学というところまで広がっていくのではないかなと思っています。

―なるほど。現在ではたとえば保存行為ですとか「悪い景観」といったような都市における問題が「保存」「景観」が何であるのかという議論抜きに進んでいるように見受けられますが
そうですね、京都に住んでいる身としては非常にリアルな問題だということができます。といって、今の保存という体制に全て諸手を挙げて賛成できるわけではありません。実際保存ということを考えると、少なくとも明治くらいの国家政策と文化財の問題であるとか、あるいは国民国家の体制と絡んでくる問題です。そしてもうひとつの研究テーマとしてあるのが、京都がどのように表されるのかということです。つまり京都の表象の歴史、あるいは京都の観光化の歴史というものにも興味をもっているのですけれど、そのあたりというのは非常にポリティカルな問題が絡んでくる。すなわち「日本のふるさと」として表象される京都というのが近代にいかに構築されてきたのかということに関心をもっています。最近は奈良のほうまでひろがっていますが。
―範囲が広がってるわけですね
ただ一方では無計画に、というかもはや手遅れという話もありますが、つくられる都市がいいと言ってしまうと問題があるし、そのへん自分自身かなり悩んでいるところです。保存の問題、居住者と保存者の問題というのはすごくリアルなところです。まあこういう話までできるのかちょっとわからないのですが(笑)。
―なるほど。そういえば観光庁(2008年10月設置)なんかもできましたね
いまいちあのあたりはわからないんですけどね。あれは海外に向けてのものでしょう。ですから観光庁の発していく政策っていうのが日本表象の問題としていいネタを提供してくれるような期待はしています。つっこみがいのあるやつを(笑)。
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ここまででだいたい半分です
―では今回のレクチャーについてお話を伺っていこうと思います。
まずは今回のテーマと先生のご研究がどのように関係するのかをお聞かせ願えますか
そうですね、基本的に価値というのが今回のレクチャー全体のテーマということになっていますが、これをもう少し広げていくと、おそらくは「意味」っていう問題になると思うんです。どういうことかっていうと、いろんなものが世の中には転がっています。たとえば石が転がっている。そういういろいろなものはそれぞれ意味を持っています。でも本当に意味を持っているのかというと、そうではない。実は意味はそれを見る人間や読む人間が作り出していくものなんだ、というのが視覚文化論における考え方だと思います。そして僕が興味を持っているのは、あるものから意味を読み取るっていうのは、どのような社会的状況文化的状況のなかでかわっていくのかということです。ひとつのものでも、異なる文脈にいる人には異なった受け取られ方をするわけです。浮世絵でも、たとえば写楽が絵に込めた意味は江戸の町人にはわかっても、印象派の画家たちにはまったく違う受け取られ方をする。ただこれはどちらが正しいというわけではなく、その誤読のポリティックスみたいなものを考えてみたい。それが価値という問題とも関わってくると思います。
―なるほど。具体的にはどのようにレクチャーを進めていかれますか
第一回目では石の話をします(笑)。石、あるいは岩石というものが、コンテクストがかわることによっていかに違う意味を付与されているのかというような問題。たとえば美術館にあるときのアート作品から、鉱物学博物館にあるときの標本。こうしたコンテクストと意味の関係、これはいわゆる文化というものと非常に深く関係していくと思います。まあ石だけじゃなくいろんなものを扱っていきたいですね。交通標識とかピクトグラムであるとか、そういうところからまずは入っていきます。
それに続く形で風景という問題を扱っていきます。近代に入って出てきたひとつの環境の見方、それこそ環境への意味の与え方ですね。そういう風景やランドスケープという概念の近代性というものを考えてみたい。ひとつにはイギリスにおけるピクチャレスク絵画からピクチャレスク写真への問題だったり、あるいは柄谷行人の言う「風景の発見」といったところから風景というものを考えていきたいなと思います。
―第二回目では第一回目での石が風景に変わるわけですね
そうですね。場所がどのコンテクストで読まれることで特定の意味が出てくるのかということです。早い話が山村に住んでいる住民にとってはその景色はノスタルジアでもなんでもないのですが、都市民にとってはその景色はノスタルジアの対象になるわけです。
第三回では観光の話をします。19世紀の半ばくらいから近代的トゥーリズムというものが出てきますが、それが場所にどういう意味を与えるのかということ。これは植民主義の問題とか様々な問題が関わってきます。実は観光が真剣に研究されてもう数十年というところになりますが、観光人類学、観光社会学、そういったものを視覚文化の立場から考えてみたい。たとえばヨーロッパ人による日本の表象などからはじまって、「そうだ、京都へ行こう」までを扱ってみたいと思います。
それから今度はちょっと方向を変えて都市の表象の問題に入ります。都市を表すといったとき、風景的な表しというのではなく、都市を歩くということ。つまり風景や観光の対象として距離を置くのではなく、都市の中にいてそこを体験するという形の表象があるのではないかということを考えてみたいです。それがもちろん「考現学」であったり「超芸術トマソン」であったりしますが、現在では街中を歩きながらケータイについてるカメラでなにかを撮影してブログに載せるというような、そういう採集を、いわば風景を考えるための補助線として取り上げてみたいと思います。
そしてまとめにはいっていきますが、最後にもう一回写真について考えてみたいと思います。つまり写真で街を撮る、それがいかに風景的なものに見えようと、もしかしてそれは風景というよりも細部の「転地」―僕は最近「転地」という言葉が好きなんでこう言いますが―細部というものを全体から引き剥がして全く違うコンテクストに置きなおすことなんじゃないか。都市写真というのは特にそう見ることができるんじゃないかというようなことを考えています。そういったところから現在の写真論の基本である痕跡論―光の痕跡として写真を考える―といったところから、僕のひとつのサブテーマである「遺影写真論」というところに行きたいなと思います。死と写真ですね。
―ありがとうございます。様々なトピックが登場してきましたが、今回のレクチャーではなにが一番のキーワードとなるでしょうか
タイトルにある「トポグラフィ」を考えてもらえるといいかなと思います。「トポグラフィ」とは「場所」である「トポス」と「記述する」という「グラフィーア」があわさったもので「場所の記述」を意味します。僕はむしろ場所というのはそのまま意味を持つんじゃなくて、記述されることによって意味を付与されていくと考えます。つまりそ場所、あるいは空間や環境が記述されることの政治性―一方では怖さと面白さともいえますが―を考えていきたいですね。
―「トポグラフィ」とはきわめて多義的に読めるキーワードですね
そうですね。たとえば文学において場所を記述する紀行文であるとか、地理学というフィルターからのそれも僕はトポグラフィに入ると思うんですね。あるいは地図というもの。そして実は風景というのは様々にあるトポグラフィのなかで、ひとつのものの見方として近代に確立したものだといえるでしょう。だから僕はトポグラフィという概念を広い意味で使っています。まあ普通に「トポグラフィ」を辞書で引くとちょっと違う、「地勢図」という意味なんかが出てくると思いますけど、トポスの記述(トポス+グラフィーア)というところに立ち戻って見てみたい。というのも風景とは非常にフィルターのかかったものだからです。
―なるほど。佐藤先生が今回五回のレクチャーでテーマとされることは、「トポグラフィ」という概念における「トポス」をいろいろなバリエーションで見ていくということでしょうか
そうですね。場所を記述する、ということにくっついて何が起きてくるのか、そのメカニズムを見ていきたいと思います。つまり風景とかトポグラフィというものをもう一度社会や文化のなかのコンテクストに投げ返してみたらどうなるのか、ということですね。風景はとても身近なものなのですが、
それをもう一度視覚文化論からとらえなおしてみませんか、ということです。
―ありがとうございます。ではどのような方に参加していただきたいとお考えでしょうか
いつもは制作者を相手に授業をしていますし、研究会、学会などでは同業者―つまり美学者・芸術学者・美術史家―を相手にしているわけですが、それとは違う、たとえば社会に出られ、これまでにいろいろな体験をされている方との対話をしたいと思います。ただ危険なのは、僕はよくしゃべりますから永遠にしゃべり続ける可能性があることですね(笑)。ともあれ、そういう人たちに、日々何気なく使っている「風景」や「都市」といった言葉を考えなおすきっかけを提供できたらいいなと思います。
―最後に参加される方にメッセージをお願いします
一言楽しんでくださいということですね。「あ、こんなこと考えてんねや」「なんかへんなこと考えてるぞ」というような感じで僕の話を楽しんでくださるといいですね。そして望むらくは、参考文献なんかを毎回挙げますから、そうした新しい分野に接していただければ幸いですね。
―それではこのあたりで佐藤先生へのインタビューを終わらせていただこうと思います。佐藤先生、本日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
佐藤 守弘(さとうもりひろ)
1966年生。同志社大学大学院文 学研究科博士課程後期退学。博士(芸術学)。現在、京都精華大学デザ イン学部准教授。芸術学/写真史/視覚文化論専攻。論文に、「〈オー ルド・ジャパン〉の表象――横浜写真と19世紀後半の視覚文化」 (『映像学』第71号)、「郷愁のトポグラフィー ―― 一九一〇年代日本における風景写真の政治学」(『文 化学年報』52輯)など。第7回重森弘淹写真評論賞受 賞。http://web.kyoto-inet.or.jp/people/b-monkey/
まずは今回のテーマと先生のご研究がどのように関係するのかをお聞かせ願えますか
そうですね、基本的に価値というのが今回のレクチャー全体のテーマということになっていますが、これをもう少し広げていくと、おそらくは「意味」っていう問題になると思うんです。どういうことかっていうと、いろんなものが世の中には転がっています。たとえば石が転がっている。そういういろいろなものはそれぞれ意味を持っています。でも本当に意味を持っているのかというと、そうではない。実は意味はそれを見る人間や読む人間が作り出していくものなんだ、というのが視覚文化論における考え方だと思います。そして僕が興味を持っているのは、あるものから意味を読み取るっていうのは、どのような社会的状況文化的状況のなかでかわっていくのかということです。ひとつのものでも、異なる文脈にいる人には異なった受け取られ方をするわけです。浮世絵でも、たとえば写楽が絵に込めた意味は江戸の町人にはわかっても、印象派の画家たちにはまったく違う受け取られ方をする。ただこれはどちらが正しいというわけではなく、その誤読のポリティックスみたいなものを考えてみたい。それが価値という問題とも関わってくると思います。
―なるほど。具体的にはどのようにレクチャーを進めていかれますか
第一回目では石の話をします(笑)。石、あるいは岩石というものが、コンテクストがかわることによっていかに違う意味を付与されているのかというような問題。たとえば美術館にあるときのアート作品から、鉱物学博物館にあるときの標本。こうしたコンテクストと意味の関係、これはいわゆる文化というものと非常に深く関係していくと思います。まあ石だけじゃなくいろんなものを扱っていきたいですね。交通標識とかピクトグラムであるとか、そういうところからまずは入っていきます。

それに続く形で風景という問題を扱っていきます。近代に入って出てきたひとつの環境の見方、それこそ環境への意味の与え方ですね。そういう風景やランドスケープという概念の近代性というものを考えてみたい。ひとつにはイギリスにおけるピクチャレスク絵画からピクチャレスク写真への問題だったり、あるいは柄谷行人の言う「風景の発見」といったところから風景というものを考えていきたいなと思います。
―第二回目では第一回目での石が風景に変わるわけですね
そうですね。場所がどのコンテクストで読まれることで特定の意味が出てくるのかということです。早い話が山村に住んでいる住民にとってはその景色はノスタルジアでもなんでもないのですが、都市民にとってはその景色はノスタルジアの対象になるわけです。
第三回では観光の話をします。19世紀の半ばくらいから近代的トゥーリズムというものが出てきますが、それが場所にどういう意味を与えるのかということ。これは植民主義の問題とか様々な問題が関わってきます。実は観光が真剣に研究されてもう数十年というところになりますが、観光人類学、観光社会学、そういったものを視覚文化の立場から考えてみたい。たとえばヨーロッパ人による日本の表象などからはじまって、「そうだ、京都へ行こう」までを扱ってみたいと思います。

それから今度はちょっと方向を変えて都市の表象の問題に入ります。都市を表すといったとき、風景的な表しというのではなく、都市を歩くということ。つまり風景や観光の対象として距離を置くのではなく、都市の中にいてそこを体験するという形の表象があるのではないかということを考えてみたいです。それがもちろん「考現学」であったり「超芸術トマソン」であったりしますが、現在では街中を歩きながらケータイについてるカメラでなにかを撮影してブログに載せるというような、そういう採集を、いわば風景を考えるための補助線として取り上げてみたいと思います。

そしてまとめにはいっていきますが、最後にもう一回写真について考えてみたいと思います。つまり写真で街を撮る、それがいかに風景的なものに見えようと、もしかしてそれは風景というよりも細部の「転地」―僕は最近「転地」という言葉が好きなんでこう言いますが―細部というものを全体から引き剥がして全く違うコンテクストに置きなおすことなんじゃないか。都市写真というのは特にそう見ることができるんじゃないかというようなことを考えています。そういったところから現在の写真論の基本である痕跡論―光の痕跡として写真を考える―といったところから、僕のひとつのサブテーマである「遺影写真論」というところに行きたいなと思います。死と写真ですね。
―ありがとうございます。様々なトピックが登場してきましたが、今回のレクチャーではなにが一番のキーワードとなるでしょうか
タイトルにある「トポグラフィ」を考えてもらえるといいかなと思います。「トポグラフィ」とは「場所」である「トポス」と「記述する」という「グラフィーア」があわさったもので「場所の記述」を意味します。僕はむしろ場所というのはそのまま意味を持つんじゃなくて、記述されることによって意味を付与されていくと考えます。つまりそ場所、あるいは空間や環境が記述されることの政治性―一方では怖さと面白さともいえますが―を考えていきたいですね。

―「トポグラフィ」とはきわめて多義的に読めるキーワードですね
そうですね。たとえば文学において場所を記述する紀行文であるとか、地理学というフィルターからのそれも僕はトポグラフィに入ると思うんですね。あるいは地図というもの。そして実は風景というのは様々にあるトポグラフィのなかで、ひとつのものの見方として近代に確立したものだといえるでしょう。だから僕はトポグラフィという概念を広い意味で使っています。まあ普通に「トポグラフィ」を辞書で引くとちょっと違う、「地勢図」という意味なんかが出てくると思いますけど、トポスの記述(トポス+グラフィーア)というところに立ち戻って見てみたい。というのも風景とは非常にフィルターのかかったものだからです。
―なるほど。佐藤先生が今回五回のレクチャーでテーマとされることは、「トポグラフィ」という概念における「トポス」をいろいろなバリエーションで見ていくということでしょうか
そうですね。場所を記述する、ということにくっついて何が起きてくるのか、そのメカニズムを見ていきたいと思います。つまり風景とかトポグラフィというものをもう一度社会や文化のなかのコンテクストに投げ返してみたらどうなるのか、ということですね。風景はとても身近なものなのですが、
それをもう一度視覚文化論からとらえなおしてみませんか、ということです。
―ありがとうございます。ではどのような方に参加していただきたいとお考えでしょうか
いつもは制作者を相手に授業をしていますし、研究会、学会などでは同業者―つまり美学者・芸術学者・美術史家―を相手にしているわけですが、それとは違う、たとえば社会に出られ、これまでにいろいろな体験をされている方との対話をしたいと思います。ただ危険なのは、僕はよくしゃべりますから永遠にしゃべり続ける可能性があることですね(笑)。ともあれ、そういう人たちに、日々何気なく使っている「風景」や「都市」といった言葉を考えなおすきっかけを提供できたらいいなと思います。
―最後に参加される方にメッセージをお願いします
一言楽しんでくださいということですね。「あ、こんなこと考えてんねや」「なんかへんなこと考えてるぞ」というような感じで僕の話を楽しんでくださるといいですね。そして望むらくは、参考文献なんかを毎回挙げますから、そうした新しい分野に接していただければ幸いですね。
―それではこのあたりで佐藤先生へのインタビューを終わらせていただこうと思います。佐藤先生、本日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
佐藤 守弘(さとうもりひろ)
1966年生。同志社大学大学院文 学研究科博士課程後期退学。博士(芸術学)。現在、京都精華大学デザ イン学部准教授。芸術学/写真史/視覚文化論専攻。論文に、「〈オー ルド・ジャパン〉の表象――横浜写真と19世紀後半の視覚文化」 (『映像学』第71号)、「郷愁のトポグラフィー ―― 一九一〇年代日本における風景写真の政治学」(『文 化学年報』52輯)など。第7回重森弘淹写真評論賞受 賞。http://web.kyoto-inet.or.jp/people/b-monkey/
Interviewed by RAD/Sakakibara
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