November 2008 Archives
今週末はレクチャーがありません。
よろしければ先週末のレポートにお付き合いくださいませ。
ということで今回は11月24日にさかのぼります。
南後先生レクチャー
「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」
第2回目「コンスタントのニューバビロンの射程」
のレポートをお送りしたいと思います。
前回今回のお話はシチュアシオニスト・インターナショナル(SI)の思想を詳しく見ていこうというもの。前回のレクチャーでは、事後的な都市の使用によって「都市計画」を批判するSIの実践、そしてその影響元であるアンリ・ルフェーブルの理論を細かに見ていきました(こちらもご参照ください)。
今回はそれらを引き受けながら、それでもなお未来都市を描いた男の話です。
ではレクチャーの概要へ
よろしければ先週末のレポートにお付き合いくださいませ。
ということで今回は11月24日にさかのぼります。
南後先生レクチャー
「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」
第2回目「コンスタントのニューバビロンの射程」
のレポートをお送りしたいと思います。
前回今回のお話はシチュアシオニスト・インターナショナル(SI)の思想を詳しく見ていこうというもの。前回のレクチャーでは、事後的な都市の使用によって「都市計画」を批判するSIの実践、そしてその影響元であるアンリ・ルフェーブルの理論を細かに見ていきました(こちらもご参照ください)。
今回はそれらを引き受けながら、それでもなお未来都市を描いた男の話です。
ではレクチャーの概要へ
Continue reading 11月24日:南後由和先生レクチャー2日目.
11月23日は南後由和先生によるレクチャー1日目。
「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」
と題されたレクチャー第1回目のタイトルは
「都市空間をめぐるシチュアシオニストの実践
/建築論としてのアンリ・ルフェーブル」でした。
突然ですが11月は紅葉の時期。
京都では一年のうちで最も観光客の数が増え、最もホテルが取りづらい時期に当たります(南後先生すみませんでした:詳細略)。
なぜ京都に観光客があふれるかというと、京都では彼らにとっての「目的地」に事欠くことがないからです。観光客の小旅行を陰で大きく支える観光MAPといったメディアに示される清水寺や金閣寺、あるいは紅葉スポットは彼らにとって特別な場所、いわばそれ以外を背景(「地ground」)としながら浮かび上がる「図figure」となります。他方で「建築MAP」を持つ建築愛好家にとっては同じ京都でも異なった図/地を見ているといえるでしょうし、その実際的な使用を考えてみると、彼らの愛すモダンなオフィスビルもスケーターらにとっては格好の遊び場所となったりします。いわば人は「地図」というメディアにはすくい切れないそれぞれの図/地を都市に対して持っており、都市の実際的な使用法もそれぞれの人によって異なるといえるでしょう。ここには正当も逸脱もありません。
このように、中立的で透明な表象とされがちな既存の「地図」を「現実の」体験によって覆していこうという試み、いわば「生きられる空間」を「観念的な空間」から救い出していこうという試みを実践した人々、今回のレクチャーは彼らの紹介からはじまりました。彼らとはギー・ドゥボールらによって1957年に結成されたシチュアシオニスト・インターナショナル(SI)のこと。前衛芸術家集団です。が、大抵SIといえば芸術活動からはみ出た部分、つまりマルクス主義的社会改革を旨とする政治運動としての側面に焦点があたりがち(実際こちらでの研究のほうが多い)ですが、南後先生はむしろ社会への批判的介入による文化革命を旨とする「CoBrA」やコンスタン・ニーウェンホイスらの側面に焦点を当てます。
以下レクチャーの概要へ
「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」
と題されたレクチャー第1回目のタイトルは
「都市空間をめぐるシチュアシオニストの実践
/建築論としてのアンリ・ルフェーブル」でした。
突然ですが11月は紅葉の時期。
京都では一年のうちで最も観光客の数が増え、最もホテルが取りづらい時期に当たります(南後先生すみませんでした:詳細略)。
なぜ京都に観光客があふれるかというと、京都では彼らにとっての「目的地」に事欠くことがないからです。観光客の小旅行を陰で大きく支える観光MAPといったメディアに示される清水寺や金閣寺、あるいは紅葉スポットは彼らにとって特別な場所、いわばそれ以外を背景(「地ground」)としながら浮かび上がる「図figure」となります。他方で「建築MAP」を持つ建築愛好家にとっては同じ京都でも異なった図/地を見ているといえるでしょうし、その実際的な使用を考えてみると、彼らの愛すモダンなオフィスビルもスケーターらにとっては格好の遊び場所となったりします。いわば人は「地図」というメディアにはすくい切れないそれぞれの図/地を都市に対して持っており、都市の実際的な使用法もそれぞれの人によって異なるといえるでしょう。ここには正当も逸脱もありません。
このように、中立的で透明な表象とされがちな既存の「地図」を「現実の」体験によって覆していこうという試み、いわば「生きられる空間」を「観念的な空間」から救い出していこうという試みを実践した人々、今回のレクチャーは彼らの紹介からはじまりました。彼らとはギー・ドゥボールらによって1957年に結成されたシチュアシオニスト・インターナショナル(SI)のこと。前衛芸術家集団です。が、大抵SIといえば芸術活動からはみ出た部分、つまりマルクス主義的社会改革を旨とする政治運動としての側面に焦点があたりがち(実際こちらでの研究のほうが多い)ですが、南後先生はむしろ社会への批判的介入による文化革命を旨とする「CoBrA」やコンスタン・ニーウェンホイスらの側面に焦点を当てます。
以下レクチャーの概要へ
Continue reading 11月23日:南後由和先生レクチャー1日目.
11月15日、五十嵐太郎先生(建築論建築批評)のレクチャー2日目。
第2回目のタイトルは「リスボンからベネチアへ、建築の展覧会を考える」でした。受講者もおおく関心の高さが伺えました。今回もレクチャー終了後、五十嵐先生が運営されている建築系ラジオの収録が展覧会をテーマに行われました。その後はRADroomでささやかな懇親会がひらかれました。
○以下レクチャー概略です。
第2回目のタイトルは「リスボンからベネチアへ、建築の展覧会を考える」でした。受講者もおおく関心の高さが伺えました。今回もレクチャー終了後、五十嵐先生が運営されている建築系ラジオの収録が展覧会をテーマに行われました。その後はRADroomでささやかな懇親会がひらかれました。
○以下レクチャー概略です。
Continue reading 11月15日:五十嵐太郎先生レクチャー2回目.
11月14日、五十嵐太郎先生(建築論建築批評)のレクチャー1日目。
○以下レクチャー概略です。
初回のレクチャータイトルは「メディアをおこすこと 『エディフィカーレ』から『建築雑誌』へ」。
卒業論文(第3回目の内容参照)、卒業制作(予告編インタビュー参照)を起点に、五十嵐先生の膨大な仕事の数々が、どのような背景で生まれたのか、そしてどのような関連性をもって繋がっていったのかが示された。
○以下レクチャー概略です。
Continue reading 11月14日:五十嵐太郎先生レクチャー1回目.
11月8日、大屋雄裕先生(法哲学)のレクチャー1日目。
先生のテーマは「自由か個人か―配慮される社会と私たちの選択」
第一回目のタイトルは「自由と幸福の19世紀システム」でした。
※こちらでこの回のレクチャー映像をちょっとだけ公開しております
凝ったスライドショー、丁寧なレジュメ、やさしく毒のある言い回し、この三点セットのおかげで法哲学ズブの素人(わたくしですが)にもわかりやすい講義でした。目下レクチャー映像を鋭意編集中です。
参加人数は10余名。専門家の方、専門じゃない方、テレビ局の方、新聞記者の方とバラエティに富んだフロアとなり、先生生徒がひとつの机を囲みながらの議論が実現しました。講義と質疑応答が同じ時間配分(むしろ後者のほうが長かったかも)だったのが印象的。今後ますます双方向的なコミュニケーションの場が出来上がっていきそうです。
○では以下さっくりとした概略です。
先生のテーマは「自由か個人か―配慮される社会と私たちの選択」
第一回目のタイトルは「自由と幸福の19世紀システム」でした。
※こちらでこの回のレクチャー映像をちょっとだけ公開しております
凝ったスライドショー、丁寧なレジュメ、やさしく毒のある言い回し、この三点セットのおかげで法哲学ズブの素人(わたくしですが)にもわかりやすい講義でした。
参加人数は10余名。専門家の方、専門じゃない方、テレビ局の方、新聞記者の方とバラエティに富んだフロアとなり、先生生徒がひとつの机を囲みながらの議論が実現しました。講義と質疑応答が同じ時間配分(むしろ後者のほうが長かったかも)だったのが印象的。今後ますます双方向的なコミュニケーションの場が出来上がっていきそうです。
○では以下さっくりとした概略です。
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