11月14日:五十嵐太郎先生レクチャー1回目

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11月14日、五十嵐太郎先生(建築論建築批評)のレクチャー1日目。

初回のレクチャータイトルは「メディアをおこすこと 『エディフィカーレ』から『建築雑誌』へ」。

卒業論文(第3回目の内容参照)、卒業制作(予告編インタビュー参照)を起点に、五十嵐先生の膨大な仕事の数々が、どのような背景で生まれたのか、そしてどのような関連性をもって繋がっていったのかが示された。



○以下レクチャー概略です。

多くの建築関係者がそうであるように、五十嵐先生にとっても最初のポイントとなるのは卒業制作にある。高レベル廃棄物処理場を原子力発電所の地下に設計しただけでなく、施設自体が使えなくなれば、コンクリートとアスファルトで固め、そうすることで、高レベル廃棄物処理場が半永続的な現代のモニュメントに変化するという時間の流れを伴ったストーリーが構想された。この時、自分の中の「物語を作る能力」に自覚的になった事が、大学院で設計ではなく建築史/建築論といった「ものを書く」という方向へと五十嵐先生を向かわせることになる。


そのようにして建築史の研究室に進んだ進んだ五十嵐先生は、当時の駒場キャンパスを中心とした大学院生によって作られていた建築同人誌『エディフィカーレ』に関わるようになる。『エディフィカーレ』は、1991年から96年の間に全7冊が刊行され、その語り口のレベルの高さと、同人誌というメディアとしての特異性ゆえに、既存メディアからも注目されることになる。『GAJapan』での連載、そして五十嵐先生含めメンバーの多くが『10+1』で活躍する事になるなど、その後の建築界への影響も少なくない。


『エディフィカーレ』をとおして五十嵐先生の活動を見てみると、建築史という分野外のメンバーとの積極的な交流を通した現代的な問題にたいする意識化、そして「自ら雑誌を創刊せざるをえなかった」と別の場所で五十嵐先生が語ったように、本郷という情報の中心にたいして駒場という外部に身を置いていたゆえに、自分から情報を発信することの自覚化といった、その後の活動を見ていく上で重要なポイントが既に示されていると言える。レクチャーの中ででた「メディアはメディアを気にする」という五十嵐先生の言葉通り、これ以後メディア(活動)が、それ自身メディアとなることで、様々なメディア(雑誌、新聞、web)を引き寄せていくことになる。



ここからは、エディフィカーレ以降の五十嵐先生の膨大な活動の数々を、大まかに3つに分類して考察してみたい。


1つめは、建築と社会がどのように関係しているのかについて比較的現在的視点から述べた著作等の活動。博士論文をまとめた『新宗教と巨大建築』(講談社、2001年) 、戦争という社会状況がどのように建築を変化させていったのかを問うた『戦争と建築』(晶文社、2003年)、セキュリティー化する都市空間を論じた『過防備都市』(中央公論新社、2004年) など、ある共同体の中での建築の現れ方、またその建築から社会について考察したもの。他にも美しい都市・醜い都市 現代景観論』(中央公論新社、2006年)、 『「結婚式教会」の誕生』(春秋社、2007年) などが挙げられる。


2つめは、建築の新しい動向を提示していく活動。五十嵐先生は、96年に『SD』誌で、同時代の若手建築家の仕事を紹介した巻頭論文「越境する アーバントライブ」を機に、2000年のギャラリー間での若手建築家による展覧会(「空間から状況へ」)への関わりや、「ユニット派」、「スーパ−フラット」等のキーワードの紹介など、常に時代の流れを機敏につかみながら新しい建築の動向を紹介してきた。またCASA Brutusなどの媒体を通して、一般向けの仕事もいくつもこなしている。最近ではベネチアビエンナーレのコミッショナーに選ばれ、石上純也氏を取り上げることで、世界に向けて新しい日本の建築を提示している。また、近年盛り上がりを見せている卒業制作展での、五十嵐先生の議論を生み出すようなセレクションも、新しい価値を提示していきたいということの現れであろう。


3つめは、サブカルチャー的な視点をふくんだもの。五十嵐太郎という名が表紙にのった最初の書籍が『エヴァンゲリオンの快楽原則』であったように建築とは一見関係ないズレたテーマをあつかった著作も多い。編著ではあるが、最近では『ヤンキー文化論序説』(河出書房、2009年) が挙げられるだろう。しかしこのズレが、時に予期せぬ回路で建築へと回帰することがあるのだという。具体的なエピソードしては、先の『エヴァンゲリオンの快楽原則』が磯崎新氏の目に止まり、その後の『磯崎新の建築談義』でのインタビューの仕事に繋がっていくということがあったらしい。またある分野(当時であれば新興宗教建築)の専門家とだけ見なされない事が、五十嵐先生の周辺にいろんなタイプの仕事を作り出していくことにつながっている。



それら活動に共通して見受けられるのは、

1、ずれていることをやる、


2、メディアの可能性を遊びながら探る(建築ラジオやcybermetric10+1の photoarchiveなど)、


3、頼まれた事を断らない(他人が想う自分自身の可能性を大事にする)という姿勢だ。


ここから有限の個人の枠組みを乗り越えたように思える多様で大量の仕事が生み出されている。最近も、新しい建築メディアとしての建築系ラジオ、東北大学から出されているトンチク(タブロイド)、編集委員をつとめる建築雑誌(学会誌)と、背景も趣旨も異なった複数のメディアにおいてそれぞれの可能性を追求しつつ、それ以外にも複数の出版の企画を抱えているという。


終了後、建築系ラジオの収録がおこなわれ、まさに「メディアをおこすこと」の現場が実演されることとなった。

今回与えられた見取り図を俯瞰しつつ、次回からは、より個別具体的にお話していただく予定。
乞うご期待。







11月15日第2回目「展覧会について ヴェネチアビエンナーレ建築展、横浜トリエンナーレ」の講義レポもご覧下さい。

なお、QueryCruise次回の講義は11月23日16:00から
南後由和先生の第一回目、翌日24日13:30から第二回目がひらかれます。
シチュアシオニストの実践――「状況の構築」、「漂流」、「心理地理学」、「転用」、「統一的都市計画」、「ニューバビロン」など――を、アンリ・ルフェーヴルの都市・空間論や同時代の建築界との関係を踏まえながら解説し、その現代的意義を探っていただきます。



RAD/K

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