12月13日:五十嵐太郎先生レクチャー4回目
12月13日に行われた五十嵐太郎先生のレクチャー4回目のレポート。タイトルは「始まりの建築(前半)ー95年以降の建築」です。
最近様々な文脈で時代の節目としての95年が語られることが多かったように感じる。確かにこの都市地下鉄サリン事件があり、阪神大震災があった。当時小学生だった私にはそのような印象は特になく、社会をそのようなものとして受け入れざるをえなかったのかもしれない。ともかく、95年が建築界にどのようなインパクトと影響を与えたのかという話からレクチャーは始まっていく。
以下概要です。
最近様々な文脈で時代の節目としての95年が語られることが多かったように感じる。確かにこの都市地下鉄サリン事件があり、阪神大震災があった。当時小学生だった私にはそのような印象は特になく、社会をそのようなものとして受け入れざるをえなかったのかもしれない。ともかく、95年が建築界にどのようなインパクトと影響を与えたのかという話からレクチャーは始まっていく。
以下概要です。
95年に何らかの切断面が存在することは確かなようである。
地下鉄サリン事件により都市は過防備化し閉ざされていき、形態的には阪神大震災によって、事実上デコン/ポストモダンは終焉を迎えることになる。
おそらく95年から00年にかけてもっとも重要な建築家はアトリエ・ワンであろう。レクチャーでも96年の「メイド イン トーキョー」が初めて展示されたことが象徴的のべられ、98年に「アニハウス」が発表された当時のことが取り上げられた。当時五十嵐先生自身きちんと評価することが出来なかったほどに、それまでと建築の「問い」の立て方が異なっていたという。またそれまでの世代の建築家と異なりアートへの介入と、公共空間の再定義が図られる(後のユニット派批判の対象にもなったみかんぐみにも同じことが言えるだろう)。
*ユニット派
98年に建築評論家の飯島洋一が、アトリエワンやみかんぐみ等の60年代後半生まれの建築家に対して「ユニット派」と名付け批判を行う。日常性への戯れが特徴にあげられ、阪神大震災のトラウマによって構築への意思を喪失した建築家達とされた。が結果的にみるとこの批判によって「ユニット派」として記憶されていく。(それに対して「反ユニット派批判」として論戦を仕掛けたのが五十嵐先生。)
*『空間から状況へ』(2000年)
シチュアシオニストとの関連←反資本主義ではないのが決定的な違い
ペットアーキテクチャー(アトリエワン)が紹介される。
*スーパーフラット
『Japan Towared Total Scape』(2001年/オランダNAi)でスーパーフラットにそって建築・都市にかんしたテキストを発表。村上隆の提唱した概念を建築空間に適用。ヒエラルキーの解体(金沢21世紀美術館等)、透視図法でない世界観(どんどん奥行きが無くなっていく、平面的なグラフィックを使用した建築→青木淳のルイ・ヴィトン(空間の無いところに奥行きを発生させようとする。バロック的操作))
*その他
評論:建築理論誌がany(建築と哲学)から10+1(建築と社会学・表象文化論)へとシフト。
コンペ:「仙台メディアテーク」と「横浜大桟橋ターミナル」というエッポックメイキングな2つの作品がともに95年に提示された。
コンピュータアーキテクチャーの興隆と失速、情報空間の発展による建築、空間の終わりの言説の存在。
今回は95年という事件によってそれまでとその後の建築がどのように変化していったのかが語られたように思う。次回(最終回)は1/10日。「始まりのケンチク(後半)―00年代の建築」というテーマです。95年がサリンと震災だとすれば01年は911という切断が存在している。そして徐々に70年生まれの建築家が実作を実現し、その世界観を提示してきた。価値の多様化した現在の建築界において何がおこってきたのか、どう読み解けるのか。五十嵐先生だからこそ、現在形として存在する00年代の状況を読み解いて頂けるのではないかと思います。
rad/k
地下鉄サリン事件により都市は過防備化し閉ざされていき、形態的には阪神大震災によって、事実上デコン/ポストモダンは終焉を迎えることになる。
おそらく95年から00年にかけてもっとも重要な建築家はアトリエ・ワンであろう。レクチャーでも96年の「メイド イン トーキョー」が初めて展示されたことが象徴的のべられ、98年に「アニハウス」が発表された当時のことが取り上げられた。当時五十嵐先生自身きちんと評価することが出来なかったほどに、それまでと建築の「問い」の立て方が異なっていたという。またそれまでの世代の建築家と異なりアートへの介入と、公共空間の再定義が図られる(後のユニット派批判の対象にもなったみかんぐみにも同じことが言えるだろう)。
*ユニット派
98年に建築評論家の飯島洋一が、アトリエワンやみかんぐみ等の60年代後半生まれの建築家に対して「ユニット派」と名付け批判を行う。日常性への戯れが特徴にあげられ、阪神大震災のトラウマによって構築への意思を喪失した建築家達とされた。が結果的にみるとこの批判によって「ユニット派」として記憶されていく。(それに対して「反ユニット派批判」として論戦を仕掛けたのが五十嵐先生。)
*『空間から状況へ』(2000年)
シチュアシオニストとの関連←反資本主義ではないのが決定的な違い
ペットアーキテクチャー(アトリエワン)が紹介される。
*スーパーフラット
『Japan Towared Total Scape』(2001年/オランダNAi)でスーパーフラットにそって建築・都市にかんしたテキストを発表。村上隆の提唱した概念を建築空間に適用。ヒエラルキーの解体(金沢21世紀美術館等)、透視図法でない世界観(どんどん奥行きが無くなっていく、平面的なグラフィックを使用した建築→青木淳のルイ・ヴィトン(空間の無いところに奥行きを発生させようとする。バロック的操作))
*その他
評論:建築理論誌がany(建築と哲学)から10+1(建築と社会学・表象文化論)へとシフト。
コンペ:「仙台メディアテーク」と「横浜大桟橋ターミナル」というエッポックメイキングな2つの作品がともに95年に提示された。
コンピュータアーキテクチャーの興隆と失速、情報空間の発展による建築、空間の終わりの言説の存在。
今回は95年という事件によってそれまでとその後の建築がどのように変化していったのかが語られたように思う。次回(最終回)は1/10日。「始まりのケンチク(後半)―00年代の建築」というテーマです。95年がサリンと震災だとすれば01年は911という切断が存在している。そして徐々に70年生まれの建築家が実作を実現し、その世界観を提示してきた。価値の多様化した現在の建築界において何がおこってきたのか、どう読み解けるのか。五十嵐先生だからこそ、現在形として存在する00年代の状況を読み解いて頂けるのではないかと思います。
rad/k
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