1月18日:南後由和先生レクチャー4回目
1月18日は南後由和先生レクチャーの日。
「都市・建築における無名性の価値、有名性の価値」
と題された南後先生のレクチャーも第四回目となりました。
第一回:「都市空間をめぐるシチュアシオニストの実践
/建築論としてのアンリ・ルフェーブル」(参照)
第二回:「コンスタントのニューバビロンの射程」(参照)
第三回:「グラフィティ文化のフィールドワーク」(参照)
と続きまして、今回のタイトルがこちら。
「1950-70年代における建築家の有名性の生産・流通・消費」
今回のレクチャーではやや趣向を変え、南後先生には学会で発表されるようなスタイルでプレゼンしていただきました。前回少し触れておりましたが、参加者には事前に宿題が出されており、今回のテーマに関する先生の論文(『ソシオロゴス』より)についてのレポートを用意してきていただきました。レクチャーの後半にそれらのレポートをテコにしながらディスカッションが進んでいくという実験的な試みです。宿題制は初の試みでしたが、受講生の間にちょっとした一体感をもたらしてくれるよいきっかけとなってくれました。
さて、今回の内容は「有名性の生産・流通・消費」にまつわるもの。一見すると前回扱った「グラフィティ」というややアノニミックな話からずいぶんと振れたようにも感じられるこの「有名性」ですが、事態はそれほどシンプルではありません。と、ちょっと引いてみたりしながら、以下その詳細をレポートしていきたいと思います。
それではどうぞ
今回のレクチャー、その概要
さて、先ほどの続き。「無名性」から「有名性」に振れたとも思えるこのテーマ設定ですが、結論を先取りすると、重要なのは「有名か否か」という表層的な部分ではありません。南後先生のレクチャーで問われていたのは、むしろ「有名性」なる概念を生み出し、またそれによって駆動させられる「界」(ベッカー)という場の存在と「有名性」との関係です。「有名人」を突然現れたカリスマとしてしまうのではなく、諸々の「関係者」やその思惑、制度的な条件、経済的な規制、プラス規範等等といったそれこそ「もろもろ」として投げ捨てられ「がち」な側面を含みこみながら「有名であること」を分析することにこそ重きを置くべきである、という具合に。
あえて読めば「プラットフォーム」と「表面」という言い方もできるだろう「界」と「有名性」との二者関係に関する参考文献としてこちらをどうぞ。
・南後由和「有名性と「界」の形成」、『ソシオロゴス32号』
ちなみに件の宿題とはこの論文に関するレポートでした。
今回のレクチャー、その内容
そして今回のプレゼンではこうした前提を共有した上で、実際どのようなメディアで「有名建築家」が取り上げられていたのかをふんだんな画像と共に伝えていただきました、という背景がありますので、ふんだんどころか画像がない今回は、とりあえず南後先生のまとめを引かせていただきます。なお、レクチャーでは有名性の例として丹下氏と黒川氏がピックアップされました。
○丹下/1950~60年代
・正統的有名性
・アカデミー・学校市場
・集団・絶対・マスターコード
・国家・民衆
・象徴資本
○黒川(磯崎)/1970年代~
・非正当・脱中心的有名性
・非アカデミー・社交市場
・個別・相対・個人言説
・企業・大衆
・社会=文化資本・社会関係資本
まず特徴的なのは、新聞紙面に多く登場した丹下氏と一般大衆誌に多く登場した黒川氏という対立。象徴的な存在(丹下氏)から建築家のパブリックイメージを変容させた存在として、黒川氏の登場はひとつのメルクマールといえます。一方で「天下の大もの黒川紀章」(週刊文春)のように鮮烈な個性を強調する一般誌のなかで、本来なら施工業者にするべき苦情を建築家自身に投げかけるような記事が散見されること。丹下氏との比較を通して、黒川氏の建築は雑誌時代の視覚表現を超えたテレビ時代にマッチする「わかりやすさ」を持っていただろうこと。などなどが解説されました。「わかりやすさ」によって建築家を瞬間最大視聴率的イメージで語ることによって建築の「集団的営為」性を等閑視させてしまうこと、にもかかわらず、建築家の「有名性」を承認する「界」がまさに「集団的営為」性を強く持っていること、こうした構図の問題が提示されていたのではないかなと思います。
そしてディスカッションへ
なお、レクチャー後のディスカッションでは以下の項目がポイントとなりました。
・「有名」と「無名」の境界はどこか
・「建築界」の構成のされ方はどうか
・「界」が複数存在するとき、その境界はどうあるのか
・「有名性」と「よく知られていること」との違いは
・ジャーナリスティックに焦点を当てられることと「界」の有名性との違いは
・一般人を「建築界」へと引き入れるにはどうしたらいいのか
・建築家が有名になるためにはどうしたらいいのか
こうした問いかけに対する応酬をそれぞれレポしているとあまりに長くなりすぎてしまうため控えさせてもらいます。が、それぞれに「界」のイメージの仕方が少しずつ異なっていること、そして各個人が持つ「有名であること」をひとつの軸としてその「界」へと対応させていること、こうしたイメージのズレを意識する面白いディスカッションとなりました。
と、こんなところで今回のレポートは終わりにいたします。
次回南後先生レクチャーは、3月1日。最終回です。
最終回は参加者の方にプレゼンしていただき、南後先生と共にみなさんで討議していこうという予定になっております。参加される方はご準備をお願いします。
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1、有名性の価値
建築、政治、スポーツ、音楽など、特定の領域における有名性の機能について
あるいは
テレビ、インターネットなど各種メディアと有名性の関係について
2、無名性の価値
建築・都市の無名性をめぐる事例紹介とその価値の分析
1、2、のどちらかでもOK
プレゼンの方式(レジュメ、pptなど)は自由
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みなさまのプレゼンを楽しみにしております。
RAD/S
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