Volume#10 Agitation
扇動
ジェフリー・イナバ
あなたが住んでいるところならばまた違っているかもしれないが、米国では一般に扇動が不足している。同業者の慣習的視点への対立を引き起こしてやろうという試みがあまりない。扇動者や、確立された価値に挑戦することで我々の制度の骨格を明らかにしようとする人はほとんどいない。そして、今日の包括的な状態において、扇動させられたりいらいらさせられたりと感じることはほとんどない。
扇動の不足は扇動的なことである。講義や、パネルディスカッションや、学術的プレゼンテーションにおいて人を揺るがすような視点を示そうという意識がほとんどない。明確に異なった立場にある人たちでさえ、不一致を示しているとあまり言われていない。議論が建設的な論評と協力的な取り決めに置き換わっている。骨の折れる努力は論争を激しくするより、むしろ補足的な視点へ費やされている。扇動の欠乏は平穏な状態に道をゆずる。全体としては、バランスの良い議論を通して洞察が得られるのだ、という発展への信念を感じることができる。でも不一致を許容し対立をはっきり述べさせることで評判の学校でさえも、内実はまあ静かなものである。
その不足は扇動が強い非難をあびていることに由来するかもしれない。それは否定的な含みを持ち、根拠のない理由を持ち出して混乱を起こしていることを意味している。扇動者はトラブルメーカーだとみなされている。終局的に現状維持をひっくり返すまで騒ぎを起こす何者か。または、原因もないのに何かをぶち上げる人、という具合に。このように転化された語の使い方は、扇動はもっと複雑なのだという事実を誤って伝えてしまう。例えば、政治的扇動へ言及する最も常識的な感覚においてでさえ、誤解がある。「先導者」は規則に従わない扇動者(instigator)にすぎない、反対意見をはっきりのべる反体制の人物として分類されるために単純に当てはめられている。他の人はその言葉を乱用するが、しかし同時にあきらめがある。ポール・プレイスナーが今号のヴォリュームで言及しているところによると、権力をもったリーダーたちは本国で扇動と精力的に戦い、特に安定性の名のもとに分裂した力を用いることによって外国の状況に対して扇動する。
一般的な不足と単純な使用の観点から、C-Labは扇動のための可能性の大きさを論証するための材料を組み立ててきた。建築における扇動はあまりに難しすぎる(効率的に設定するのが不可能)か、またはあまりに簡単(その結果があまり重要でない)なのであまり注意を払われていない。というわけで、私たちは今が建築と権力との境界横断的なあらゆる扇動を示すよい時期だと感じている。扇動はどこにでもある。そして、好戦的な否定でもって積極的な肯定を叩きつぶす、という程度の初歩的なものでもないということも分かっただろう。扇動は騒々しいものである。
今号で我々は少なくとも三つの意味の扇動について言及している。それは政治的(挑戦すること)、物理的(かきまわすこと)、そして感情的(苦しむこと)である。例えば、「Architecture and Justice」は、政治と牢獄の形態に関するいくつかの前提に意義を唱えている「Columbia’s Spatial Information Design Lab」と共に行われているローラ・クーガンの仕事について説明している。「Archis RSVP」のイベントでは、どこで建築家が地域的議論における団体行動を組織するか、という政治的扇動のまた別の形が起こっている。ニール・デナーリによる『Monster in a Box(箱の中の化け物)』と、C-Lab独自の『Bump,Crease,Fold』は、物理的動乱のためのデザインを通して発達した扇動の二つの異なる美学を示してきた。よく感情について言及する時には、没頭し続けることや心配して落ち着かなくなる、その端緒を扇動は意味している。この扇動の感情状態はリチャード・マッシー『Pressing Buenos Aires Buttons』やシーン・ドックレイ『Bandwidth(帯域幅)』、ベン・ニコルソン『Obsession(疑惑)』そしてエンリク・ウォーカー『Under Constraint』(以前の誤形式が過度に訂正されたバージョン)の度を越した魅了の中から見つけられる。一見したところ害のない歩道上のガムの堆積から、政府による、また政府に対する最も暴力的な行動まで、この幅広い扇動を集めることによって、我々は微かで複雑で不可能な区分を示したいのだ。
これらの論を経たあと、あなたもまた扇動は縮小すべきでないと信じはじめることを私たちは望んでいる。それは建築をつくることと逆のことではなく、基本的なことなのだと発見するだろう。扇動がなければ、最終的な結果は弱く一貫性が欠如したまま妥協され、そしてさらに壊れやすい欠陥がみつかりやすい傾向にある。コンクリートを注ぐ前に撹拌することが必要なのとちょうど同じように、建築を配置する前に扇動を必要とする。扇動の過程は文字通りにも比喩的にも、不安によって建築を破壊するのではなく、最終形においてより強くそしてより耐久性のあるものにするわけだ。このページを読んだり私たちのウェブサイトをクリックしてくれるのならば、あなたがそれを物理的な技術、感情、政治的な形式として再び知ることによって、私たちは、あなたが私たちの扇動の供給に対して新たに補給するのを手伝ってくれるだろうことを望んでいる。
下訳/近藤
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