Volume#20 Editorial

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Editorial
ジェフリー・イナバ


ストーリーテリングは事実を伝達することである。しかしそれはまた大衆の期待を膨らませたり、 その信用を高めるための現実的根拠を積み重ねるものでもある。このような目的の為に、ストーリーテリングをあらためて童話とつきあわせる必要がある。童話、特におとぎ話は現実から目をそらすためのものだとみなされる一方で、社会や政治のあらすじを明解にする手助けともなり得るのだ。「ヴォリューム9 号」、「アーバン・チャイナ31号」、「C-Labに密造されるアーバン・チャイナ」、「ヴォリューム19号」において続けて来た一連の研究を背景にしな がら、今号のヴォリュームではそこでテーマとなっていた世界的危機に応答しようと思う。今の時代を理解し、それへ返答する語りを組み立てる手段としてストーリーテリングをお届けしよう。


危機は混乱を生み出す。それはあらゆる可能な手段が失敗に終わった状況だ。そのような最悪の状況を改善しようとして取られる行動が具体的な帰結へと至ることはあまりない。原因と結果の間に理解し得る相互関係は無く、そのため結果的に進むべき道が分からなくなるのである。環境はどれもある程度同じように見えるときもあるだろうが、その環境のふるまいは理解し難いものであるが故に因果関係の分離が起こり、それが混乱を招くのである。空間が説明不可能になるとき、それが危機だ。

直接的な衝撃の後、予期し得ぬ出来事もだんだんなくなり、環境が落ち着いてくると、説明すべきことがらも多く見えてくる情報を集め、それを描写へと構成することは、自らがどこにいるかを再確認するためのはじめの一歩なのである。物語が空間を説明するのだ。


建築案の礎を築くがために、建築家にとってストーリーは重要だ。とあるプロジェクトのさっくりとした課題や制約が素描され、建築的な戦略や形態的な帰結が規定されるのもそうしたエピソードを通してのことだ。というわけで私たちは物語がどのように伝えられるのかを知る必要がある。ジャーナリズムの専門家であるニコラス・レマンとジェイ・ローゼンは、現在の不安定な時代に関してストーリーを書くという特定の課題について話し合うことでひとつのヒントを与えてくれる。レマンは、事実を分析し首尾一貫した物語を構成することに伴う、そもそも存在する矛盾を示す。一方でローゼンは、データ収集リソースや私たちが負う社会的な説明義務について概説する。いずれもが私たちにストーリー へと深く関わり、それを吟味することを促す。受け取った報告が疑わしいときや、ある説明が読者に対して引き起こすかもしれない行動というものが意識化されているとき時宜にかなった物語をつくるにはどうしたらよいのかという現実的な提案を彼らは示しているのである


ストーリーテリングは空間についての新たなパブリックスクリプトを書くことに関するものでもある。グスタフ・フレイタグ4ページ(ある問題やそのコンテクストの解説、あるいは解決への提案に関する宣言が述べられている)に見た古典的物語要素に加えて、そのようなスクリプトは 起こりうる複雑さを開示や制限を通じて知らせることができる。新しいインフラへの関心が高まったり、その実現に向けた様々な事例が形を帯びはじめたりしているために技術の進歩と都市化の名のもとになされた先人たちによる未決の提案からの教えを借りた計画の物語を組み立てるには、今は良い時期なのである。クリストファー・A・スコット、ステファニー・ボン・ステイン、そしてジャン・ジュンの助けのもと、C-Labは大規模技術を実行するためになされた一般的な主張を打破する。


職業的な状況において、プロジェクトの「賛同」と共に「反対」を明らかにすることへのインセンティヴはあまりない。そのかわり、ある提案が思いがけない肯定的主張につながることへの予期はある。「The Technostrich」や「The Technology Narrative」において、新たな技術が持つ潜在的な問題を公表することはそれほど悪いことじゃないと考えられている。技術の限界を示すことで本音を 述べ、そうすることで信用を構築することは競争相手にとっての義務であろう。のみならず、大げさな約束を避け、起こりうる問題を専門家に解決してもらうというスクリプトを描くことは、ひとつのチャンスともなる。意思決定プロセスでの起こりうる複雑さ、衝突、そしてその詳細を明らかにすることは、事実プロジェクトの失墜どころかその実現へと寄与するかもしれない。
 

以下に続くページでC-Labは、感情的に困難な問題、道徳的 に複雑な問題、そして倫理的に熱が入る問題を童話という形式が簡潔に伝えていると仮定し、童話が描写困難な出来事を通りの良いものにできるということを示 していく。簡潔な公の物語は、事実とフィクションとを私たちが正しく認識できるのかを試すかのような(例えば 危機のような)出来事に対応し、私たちに行動をとらせる。であれば童話の構造はとりわけ今日の状況に適っているのではないだろうか。



信頼できることは価値であり、同じことがファンタジーにも言える。童話は、しばしばトラウマを伴う断念や不能さをやわらげるのにぴったりだ。というのも、そのファンタスティックなプロットはとらわれた精神状態の持つ想像的な潜在力を読者から呼び起こすことを目指すからだ。現実をファンタジーと区別しようとするよりも、ルイス・H・ラプハム、ニール・デナーリ、キャサリン・ハードウィック、デイヴ、マッキーン、トム・マッカートニー、スマイレアン・ラディック、ルチ ア・アレス、そしてロジャー・ディーンといった寄稿者は、意識と無意識との状態、仕事と夢、欲と失望、そして物質的現実と歴史との間を循環するようにと私たちに促す。なぜならそれこそが物理環境の強化された経験にとっての本質的なことだからだ。それもそうだなと言う話だが、ストーリーはもし子供に伝えられないのならば伝える価値がない、と言われたりする。危機を簡潔に要約するシンプルで抽出されたストーリーは、政策の形式化においてよりよい理解と物理環境を活気づけることを目指している。伝える価値は絶対にあるのだ。



下訳/さかきばら


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