Volume#22 City Guide
エージェン・オースターマン
よく知られているように、他者の目を介す事で普段の習慣を新たなものとして見いだすことができる。それはすでにクリシェであるが、それゆえ真実であるに違いない。あなた自身の都市のガイドを手にしてみよう。そして一度、その指示に従い、自分の街のツーリストになってみる。全てがそれまでとは違ったものとして見えてくるだろう。その結果、感性的経験が、機能とか感情的経験に代わって中心的になる。あなたの友達が住んでいるストリートは、もはや楽しい時間への道程ではなく、訪れるにものうげな場所に変化する。以前の工場地帯だったあなたのオフィスが位置している自由で豊かなエリアは、孤立し荒廃した粗末な建物の群れへと変化してしまう。一方で、職場への道にあ るいつもは無視してしまうような小さな教会が、見事な細部をともなう繊細な空間的構成物としてあらわれてくる。
おそらく熟練した旅行者はこれらの経験には満足しない。彼らはオーセンティック(真正さ)を目指し、その場所で生活する人々の生の情報を探そうとする。事実、彼らはあなたの都市を普段あなたが見ているように見たいと熱望している。そしてトラベルガイドは通常では不可能な時間と方法を提供することによって、そこに住む人々の視点を与えているように狡猾に見せかけている。幸いな事にそんな事は不可能である。もし真正さが何か意味を持つにしても、それはそのようなものとして記述され認識された瞬間に失われる。旅行者が求めるものは、真正さというものを商品、そして単純に反目するものへと変化させてしまう。
ツーリズムそのものは今号の主題では無いが、人々の都市に対するイメージや理解におけるその影響は主題となりえる。このプロモーション的で商業的な都市のイメージ、外部世界へのイメージは、内面化された自己イメージへと変化してしまう傾向を持つ。そしてそれは、危険とまでは言わないが最も不都合な暗黙の単純化である。プロモーション的なイメージは理想に、理想はプログラムに変化する。都市はその複雑性をキャッチフレーズへと縮減させることは出来ないのだ。
審美的なツーリストに相性が悪く、商業的な成功を得たイメージに一致しない性格や質を探し続ける、ということに関してさらなる理由がある。たとえば力学と変形。以前に、VOLUMEは特定の都市の異なった理解を発見(もしくは暴く)するための探索を試みている。RSVPeventはこの野心を明らかにしている。これら1日のイベントは、チャンスの刺激、発見の可能性の開示、新しい洞察として定義することができる。これらのローカルな集団との特別なコラボレーションは、共有された興味とアイデアをベースに、時に長期にわたる関係性とプロジェクトへと発展してきた。今号の付録であるa Guide to Beirutはその一例である。それは2005年にRSVPeventとして開始され、ベイルートへの継続的な関与へと 発展した。RSVPeventはベイルートが10年間つづいた戦争と衝突の圧力によって囲い込まれた都市に変化してしまい、公共領域が消失しつつあり、また分割されている事を発見した。ベイルートの運命への関与は、トラベルガイドへと結実し、このガイドは、心理学的ポートレートでもあり、魅力的な多文化都市のポートレートとしての公共的な暮らし方を核としている。
このようなガイドはデザイン決定をおこなうための計画表やマニュアルではない。 デザイン決定とその他の介入によって影響された現実を提示するだろう。あなたがベイルートで行なおうとすることは何でも、この種類の知識と理解によって伝えられなければならない。それゆえ、Guide to Beirutは案内ではない。それは現在の読み取りであり開かれた選択肢であり、単なる道案内ではないのだ。ゆえに今号は都市の探索に核を置く。RSVP-eventsは私たちに、単純なルールやアイデアをスターティングポイントとして使用することによって、発見が導かれることを伝えている。収録されているstrange mapsは、まさにこの主張の明らかな実践である。もしくはアムステルダムでの、Aldo van Eyckのplaygroundが建設されていたすべての場所へのバイクツアーは、いまだに現存する数やその状態によって、今日の屋外での遊びの現実を指し示している。そしてアトリエワンによるパリ13区の分析は、通常旅行者には避けられるこの地区が、驚く程豊かな空間的なタイポロジーを有している事を提示している。ここでの発見や介入は、連続し整列した通りというアイデアからではなく、インフラストラクチャーの海によって取り囲まれている群島のように、独立的に振る舞う街区というアイデアから始められている。 「streetscapes」にかわって「Blockscapes」がこの地区の特質として定義されている。
もしくは身につけた人が常に北がどこに位置しているか気づかせる 「feelbelt」を取り上げる。つまりはコンパスとしての身体。このデバイスの結果は、予想する事が難しい。しかし潜在的には現在一般的になっているGPSナビと同じような射程をもっている。
この号に収められた種々のガイドたちは共通して一つの特徴を持っている。それは、ガイドがどこへあなたをつれていくか前もって知ることはできないということ。もう一つは、ガイドは生まれつきの介入者であるということなのだ。「The Atlas of Love and Hate」は変化の指標として地理学の使用を試みている。共産主義の崩壊以前と以後のロシアのトラベルガイドのストーリーは、あべこべのメカニズムを示している。孤立していた時の文学的で伝統的なソビエトの旅行案内は、壁が開放されるやいなや劇的に変化した。おそらく最もラディカルな例は前号のVOLUMEでしめされた「The Mass Housing Guide」だろう【※訳者註:参照】。一般的なトラベルガイドと特異な都市ガイドが、特別なガイドに適合させられた場所において、このガイドは平凡さへフォーカスし、なおかつそこで見受けられる豊かさとユニークさを提示している。
ガイド作成のための最後の
ポイントは、つまるところ、天才はまれにしかいないので、私たちは他の手法に頼る方がよいということだ。コラボレーションと相互感化はうまくいった手法として証明されてきた。そもそもVolumeこそコラボレーションである。他に何か語る必要があるだろうか?
下訳:川勝
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