Volume#24 Editorial

| | Comments (0) | TrackBacks (0)
エディトリアル
ジェフリー・イナバ(Jeffrey Inaba)


近年のアメリカではストリートに出て抗議したり、クスリをキメたりするような人はほとんどいない。今となっては、ヒッピージェネレーションが持っていた社会的理念の多くはメインストリームとなっている。60年代のオルタナティヴな価値がもたらした今にいたる影響の中で最もセレブレートされた例は、技術の世界において見ることができる。メディア歴史学者フレッド・ターナー(Fred Turner)は、彼の著書『カウンターカルチャーからサイバーカルチャーまで』において、60年代の重要人物が集結したあるグループについて書いている。彼らは、よく知られたストーリーが私たちに伝えるような脅威や手の届かない「支配者層」への反抗はしなかったのだが、兵器産業複合体のなかで発展してきた防衛技術に対する、パッと見矛盾するような関心を持っている。ターナーは、スチュワート・ブランド(Stewart Brand)らによって喚起された、知へのアクセスを要求するというカウンターカルチャーの反響は、ウェブを大衆化し情報によって成長する社会へのシフトを起こす、パーソナルコンピュータープロダクトやネットワークツールの発展に影響を与えたと見ている。


現在のアメリカ文化をざっと眺めたときにそうした60年代に関する暗示と見えるものは、今も昔も、コンピューター技術、自然環境、そしてコミュニティのオルタナティヴな形に対する強い関心だ。しかし今日そのどれもがラディカルな政治的行動や初期の反抗的イデオロギーからは断絶している。例えば、地球への関心などは当てにならない、気まぐれな、運頼みくらいのものだったはずなのだが、カウンターカルチャーとアメリカで現在一般的になっている意見との間にイデオロギー的な差異はあるにもかかわらず、現在では大多数の人々に共有されている。サステナビリティは、かつてエンターテイメント的環境保護の姿勢へと熱烈に反発した事業部門ー不動産開発だとか—にもその重要さが引きあいに出されるほど、私たちの集団的経済意識の一部になっている。同じように、カウンターカルチャーの社会的原理—参加、情報共有、より一層の社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)、そして共同のために他者と結ぶ賛同ベースのネットワークやその識別可能な範囲ーは現在の社会資本を打ち建てるための基本的公理なのだ。


カウンターカルチャーを語る上で欠くべからざる人物、歴史家、そして建築家の協力を得てヴォリューム今号が精査するのは、技術、環境、そしてコミュニティに関する私たちの考えに影響を与えた、60年代という時代の大衆化した性質だ。フレッド・ターナーはカウンターカルチャー的理想が、コンピューターインターフェイスの使用へと移っていったこと示してくれる。スチュワート・ブランド、ケヴィン・ケリー(Kevin Kelly)、そしてシム・ヴァン・デル・リン(Sim Van der Ryn)は現在行っている環境に対応したプロジェクトとの比較の中で、自らのカウンターカルチャー的ルーツを説明している。そしてリチャード・ドイル(Richard Doyle)やジョン・マルコフ(John Markoff)は、共有意識という60年代的観念は私たちの現在的なコミュニティ理解と多く関係があると述べている。こうした概説は、「大地へ帰れ」的イデオロギー※と、現代的生活の勝手知ったる馴染み深い規範との間に思いもよらない橋をかける。カウンターカルチャー的感覚が文章化されより広く受け入れられるにつれ、いくつかの姿勢や技術が傍にこぼれ落ちていくのだが、中にはいまだ文化的参与のオルタナティヴな形として存続しているものもある。技術をハッキングすることだとか、環境全体の見通しだとか、集団改善の作用因としてある個人的意識だとかは、すべて今号で示された現代的メインストリームの価値観を緩和しようと議論されている、カウンターカルチャーの名残なのである。

※「Back to the land movement」:都会生活と消費社会を捨て、田舎で自律的な生活をしようとする運動。アメリカで1960年半ばに起こり、1980年までに移住者は100万人に達したとされる。


ときに、ここに集められたエッセーやインタビューは、アメリカ的なカウンターカルチャーが真にカウンターカルチャーであったのか否か、また、慣習的な考えに対するオルタナティヴな理想を打ち捨てることでその主唱者らが「寝返った」のかどうかについては判断していない。それはむしろカウンタ—カルチャーというレンズを通してとらえられたメインストリームのアメリカをあらかじめ賛同することに等しい。現在オルタナティヴな動きは存在せず、なぜなら反抗すべき一枚岩的なメインストリーム文化などないからだ、と主張するものもある。対して、私たちは以下の二点を疑っている。ひとつは、ひとつのメインストリームなど本当にあるのか、ということ。そしてもうひとつは、これが真か偽かということ。つまり、そうしたメインストリームは、共有、環境への関心、そして新たなコミュニティをつくることといったカウンターカルチャー的価値に染まりすぎているがため、逆説的に、そうした「よきこと」という支配的な論理に対して抵抗したり反対し難いのだ、ということの真偽。「よさ」という広まった価値は世評の彼方にあるがために、現在のメインストリームは将来のカウンターカルチャーの批評的な貢献を制限してしまっているのではないか? 以下のページにおいて、ヴォリュームは60年代の遺産をポジティヴという蔓延した価値観(エトス)として考えようとしているわけだ。


今号は三部に分かれているー技術、環境、そしてコミュニティ。それぞれは広く影響を与えたカウンターカルチャーの傾向と、潜在的なままであるそれらとの間の比較を明らかにする。最初のセクションでは最終的にメインストリーム文化へと総合される技術を伴った二つのインターフェイスを、つまり、情報へのアクセスを駆り立てるものや知識ベースのネットワーク形成を緻密に描き出している。これらのエッセーにおいて、クリスティーナ・コッデル(Christina Cogdell)とサイモン・サッドラー(Simon Sadler)は、新たな機械やアプリケーションの使用を「しっかりと受け入れすぎる」私たちの傾向に対して注意を喚起する。フェリシティ・スコット(Felicity Scott)は知識中心的なネットワークに関する初期事例三件について反省的に書いている。そしてサイラス・モディ(Cyrus Mody)は戦後の科学コミュニティ内でのリサーチ組織が示すこととなった様々な曖昧さのスペクトラムを描写する。同時にこのセクションでは、今日のスタンダードとして受け入れられる能力の周辺に留まっているカウンターカルチャーの直接的な末裔ーハッキングのような—にも言及している。スコット・バンハム(Scott Burnham)、オットー・フォン・ブッシュ(Otto von Busch)、ダニエル・グラシュキン(Daniel Grushkin)、スチュワート・ブランド(Stewart Brand)、それからC-Labの概説も、それぞれの方法で、分裂的で破壊的な行為とされるハッキングの一般的描写と、現在でも起こっている生産的技術としてのハッキングの妥当性との間の不一致を前景化する。


環境セクションでは、60年代のエコロジカルな世界観と今日広く受け入れられているサステナブル戦略との間の連続性を認識しており、他方で初期の包括的な方向性にも光を当てている。60年代の「エコロジカル」という足し算的な定義に比べ、今日のサステナビリティという考えはより狭いところを目的にしている。故に、とりわけ今日環境にコミットするということは多様なイデオロギー的主義主張を超えて支持を受ける。幅広い政治的支援を打ち立てるための環境至上主義に対する制限された見通しは、戦略としては正当であると認識するに値するだろうが、その詳述は全体的で包括的に想定された時代の性質という感覚には対抗する。ブランドやヴァン・デル・リンは、特定の理念を押し進めることと地球全体を意識することとの間で繊細なバランスを取ることは、環境に関するカウンターカルチャー的議論の内部で常に緊張の源となっていたことを知らせてくれる。狭く焦点を当てられた行動と難解な因果全体論とは、イデオロギー的な目的を欠いているわけでも、その欠如によって無効にされたわけでもない、参加の特定の形態を通して解かれうると彼らは考えている。ブランドの観点からは、地球全体の福利へと配慮することは、特定のしかし包括的な知識に裏付けられた行動をとる個人を巻き込むような実践的戦略を必要とする。今や環境のアジェンダはサステナビリティなる語によって立てられ、C-Labの概説「環境保護主義を拡張すること」における以下のような主張にいたる。それは、政治的環境的な関与という限定的な見通しから十分に距離を取っているような方法論的議論は、アカデミック/公的のどちらにおいても十分にはなされていない、と。この観点から、カウンターカルチャーが究極的に建築家へと提示しなければならないだろうものは、ブランドやヴァン・デル・リンといった人物らによって提唱されたDIY戦術ー状況が求める環境的言説の用語を「ハック」するために使いうる戦術ーなのだ。


もしコミュニティにまつわるカウンターカルチャー的遺産が一致した集合的意識の追求であるならば、私たちはその集合的思考を解体してしまいかねない、とフランチェスコ・ボナミ(Francesco Bonami)は彼のマニフェスト越しに推測する。コミュニティの「大地へ帰れ」感覚は、共有、賛同、そして共同の現代的価値観(エトス)において—本質的には社会的ネットワークプロトコルが「うまく回る」状態で—強調されている。対照的に、ジェイ・スティーヴンス(Jay Stevens)は60年代サイケデリック文化を中心とした集合の感覚は、それとは異なった基本理念を備えており、端的に言えば、個人的意識の探究は他者とのより意義深いインタラクションのために必要なものだった、ということになる。彼の説明において、あるいはリチャード・ドイル(Richard Doyle)によるそれやC-Labの概説「ニューロポリティックス」でも同様だが、個々人の考えの配置や機能は「コミュニティ」という複数性への足し算的関与としてとらえられた。とりわけ建築にとって、集合的/個人的媒介物の政治学が持つ含意がいくつかの論考で考察されている。ヴィニー・マース(Winy Maas)は塊になった集合を経る都市計画のためのオルタナティヴな方法論を説明している。ジェイソン・ペイン(Jason Payne)は、個人的知覚経験を通して建築を解釈することに基礎を置く、外向きの言説に対する世代的傾向について熟慮している。スコットは、協同という社会的慣習を拒否しようとする共通の関心に基づくコミュニティを扱う。ジョージ・オテロ・パイロス(Jorge Otero­ Pailos)は建築における現象学的運動やその使用者の精神的空間の拡張を描写している。


カウンターカルチャーは建築家としての私たちに割り当てられているものに深く根付いているため、それがどんな目的によってそこにあるのかをより接近して見ることが重要だ。トッド・ギトリン(Todd Gitlin)は60年代を通してカウンターカルチャーなるものはなかったのだということを強調する。途方もなく大きい社会的混乱の時期に起こった多くのオルタナティヴな実験を描写する単一の語などなかった。彼が言う通り、人びとは自身と対立する考えとして認められるかもしれないものは無視して「生き生きと」生きた。スティーヴンスやドイルは、あまねく新たな実験や意識の状態を表す用語集のようなものを展開するのは難しいと示唆しながら、その点を繰り返す。とはいえ、建築のための口実として、ある一貫した語や傾向を通して何がカウンターカルチャーと現在呼ばれているのかを私たちは知るようになった。その感覚はデザイナーとして私たちが持つ基本的な責任において引き受けられている。要するに私たちは自らの分野における最新の技術的知識を徹底的に処理しなければならず、環境に意識した建物をデザインしたり、自信のプロジェクト周辺のコミュニティ感覚を形成しなければならない。建築の境界を超え、デザインに関する考えを活気づけるために持ち込まれうる外側の知識領域へと入り込むヴォリュームにとって、それは方法論である一方、ここで私たちはその内部ですでに歩を進めてきたものが何かを精査している。私たちは「よき」文化が自分たちの決定や目標に対して与える影響を探究し、重大な政策ヴィジョンに関する共同を推奨し(ブランド、ケヴィン、ケリー)、アメリカ社会を全体的に緩和させるためのプランを立て(マッケンジー・ワーク)、あるいは集合的知性を推進する方法として個々人の意識を再考する(ドイル)。言い換えれば、私たちに提示された責務を仮定したとき、建築において私たちはカウンターカルチャーなる権威をどのように疑問視するのだろうか?



下訳/さかきばら


0 TrackBacks

Listed below are links to blogs that reference this entry: Volume#24 Editorial.

TrackBack URL for this entry: http://radlab.info/movabletype/cgi-bin/mt-tb.cgi/376

Leave a comment

About this Entry

This page contains a single entry by admin published on December 29, 2010 9:50 AM.

RT|12月27日READTANKします was the previous entry in this blog.

rep|「rep.06 assistant|すなわち、言いかえれば」は終了しました is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Powered by Movable Type 4.01