Volume#03 The C-LAB case file on Broadcasting Architecture

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ブロードキャスティング・アーキテクチャー:C-LABケースファイル
Jeffrey Inaba, Felicity D. Scott, Nadar Vossoughia


とりわけ学術機関においてアウトプットの激化が起こっている。建築スクールはいままでにないほど多くのタイトルを活字にしている。そうした活動への支援によって、そうでなければ日の目を見なかっただろう幅の広い学術的で実験的な資料が出回るようになった。1990年代後半には量の点での最高値をたたき出す。建築の出版全体、それからアメリカの学校が出資した出版の件数は新記録を打ち出し、それが結果ピークとなった(「Avery Index」や「American Publishing System」を参照)。いまだ上がり続けている唯一のものはその請求額くらいだ。「リサーチライブラリ組織 the Association of Research Libraries」、「アメリカ大学組織 the Association of American Universities」、そして「ピュー高等教育ラウンドテーブル the Pew Higher Education Roundtable」によって支援された研究によれば、この十年間に出版された学術誌一般の値はUS消費者物価指数の三倍の率、そして医療費増加率の二倍の率で増加している。言い換えれば、やたら高い値段でかなりの量の印刷物が供給されているということだ。現在私たちが経験している冷却期間は小休止を与えてくれる。だから考えよう。出版は知識を一般に入手可能にするためのメディアとして使われ続けるべきだろうか? 出版が滅びることはないだろう。でもそれは私たちが知識を伝えるほぼ唯一の手段なのだろうか? 建築スクールにとって出版は意義深いコミュニケーションと同等だ、と言うことができるのだろうか?
 

慣習的な常識としてはこうくるだろうか。メインストリーム・ブロードキャスティングの内容にはうんざりだ、と。価値ある受け取り手へと届けるために、その「産業」は「電波」を狭め、それを望む人口統計学上のニッチな関心に焦点を絞ったパッケージングをカスタマイズをする。ナローキャスティング、つまり特定の人たちへと伝達することは、建築という領域が得意とすることだ。でも、私たちは「自らのアイデア・マーケットを浸透させているのだ」ということを自身の熱心な読者たちへとうまく伝えられるのだろうか? メインストリームとなっているメディア社会を一瞥してみると、こうしたことが示唆される。私たちが自身のニッチを過剰在庫させる一方、自由市場では建築が安売りされている、と。


広範囲に建築のイメージが伝達されている。たとえ印刷物というメディアにおいてでも建築は公共的な領域を巡り巡っている。それは他の建築出版に携わる権力者の想定よりも、あるいは少なくとも印刷物であえて言及してきたよりも一層確かなことである。新たな建築のあり方(ロゴ、アート写真、宣伝用写真、サウンドバイト、背景などなど)はどこにでも現れている。広告、新聞、有名誌、切手、こうしたもの全てが素材として、あるいはその意味のために、こうした形態を使用する。建築さえはっきりと金に現れている。例えばユーロは、その価値(「Selling Money」を参照)を具体化するために建築のイメージを使う印刷物の中でも最も回りまわっているひとつだ。そして他のメディアでも建築がますます現れるようになり、それが公営ラジオからMTVへの放送波に乗り、デジタル環境を通り抜ける。そのとき、私たちはどんなふうにして、伝達、レトリカル・マネジメント、あるいは使用許可やその使用に関与するのだろうか? この問題についてフランク・ゲーリーの建築を例にとってみよう。この観点から彼の仕事を見ることで、「ビルバオ効果」みたいな言葉が再びつくられることを正当化することになるかもしれない。彼の作品が持つ分かりやすいイメージへと言及する何か。これは「ビルバオ」というよりも、どちらかというと単に「ゲーリー効果」と言ったほうがいいかもしれない。「ゲーリー効果」はそれを確立しようとする都市に益をもたらす。ゲーリーの建物であれ、そのデザインをささっと描いたファックスであれ、そのイメージを使うことで、送り手 —その人が権威であっても、そうでなくても— が受け取る利益に目を向けよう。彼の建物はしばしば広告やPVにも —建築家にお金は支払われないが— 現れている。ゲーリーの作品はきわめて広く認識され、高く評価され、自由にブロードキャストされている。がために、ストリートのこの上ない尊敬を得る。「戻ってきたゲーリー」だ。彼のプロジェクトはリミックスされ、その外観は真似され、インテリアにサンプリングされ、縮小増大され、背景価値という目的のため新たなグニャグニャ形態へ構成される(「The Two Franks」を見よ)。建築がブロードキャストされるとき、私たちはどのようにブロードキャストの建築を動かし、引き起こし、そしてプログラムできるのだろうか?
 

この論考はいかに建築家やデザイナーが、自身の分野の広い意味でのメディア露出と折り合いをつけているのかということを探究している。『Architecture Goes Public』、つまり建築が公共的なものとなるために、デヴィッド・スターク(David Stark)やモニーク・ギラルド(Monique Girard)は、WTC跡地のための都市デザインプロセスにおける建築家のメディアパフォーマンスを記している。プレゼンテーション・ディレクターとしての建築家の役割は、社会的政治的デモンストレーションの現代的な形態なのだ、と彼らは語る。ローラ・クーガン(Laura Kurgan)のWTC跡地のポスター地図は、今も昔も、発展していく現状に対する実践的で公的なガイドとして機能している。ケラー・イースターリング(Keller Easterling)は、建築領域内部での流通に関する観察を提示している。『Only the Many』において彼女は建築の国際的コミュニケーションチャンネルを、とりわけ若手の建築家によって発展させられたコラボレーションシステムを考慮に入れている。ジェニー・キム(Jeannie Kim)はC-LABのイントロダクション『Timeline of the Timeline』において、その領域の専門知識について、イメージ生産、すなわちイメージを通して歴史を解析したり説明しようとする、私たちの職業的スキルを描写している。最終的にこの二つの寄稿はハイブリッドな学術機関で行われた現在的ブロードキャスティングプロジェクトを提示する。フェリシティ・スコット(Felicity Scott)はエミリオ・アンバースの「Universitas」プロジェクトを研究する中で、手つかずの政治戦略を確認する。同類の「プロダクション・エージェンシー」Universitasは、1960年代後半、70年代前半の社会的メディアネットワークにおける「行動のための」戦略的ツールとしてデザインを促していくことである。ナダール・ヴォッソーイアン(Nadar Vossoughian)はブルース・マウ(Bruce Mau)に対して、「消費、エコロジー、そして社会的領域」を架橋する集合的アジェンダへとデザインを採用する現在的な学術組織「Institute Without Boundaries」についてインタビューしている。

 
と同時に、この特集やC-LABの項目は、印刷のみならず、「ナローキャスト」を通じてコミュニケーションするための新たな手法を提示する。1990年代、彼らが出版にお金を出していたように、学術機関がブロードキャストの起こりとその展開を支援することで、学問的で実験的な資料は幅広いオーディエンスへと流通し得るのだ。この意味で、ブロードキャストというのは、現在の教育機関で行われている活動を他のパブリックコミュニケーション形態へと拡張することであり、建築的実践の活動を再定義する実験でもある。コミュニケーションの新たな媒体を実験することで、アカデミーは新たなアジェンダを、その領域のための新たなプロジェクトを、発展し定義しうる。言い換えれば、新たな媒体を探究することで、私たちが選んだメッセージにインスピレーションが与えられる。こうした点を勘案し、C-LABはロゴ、アート写真、宣伝用写真等などを超えたデザインを、そしてオルタナティヴなイメージ、構造、シークエンス、そしてプログラムを生み出すための新たな技術を、発展させるのである。



下訳/さかきばら

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