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Editorial
エージェン・オースターマン
エージェン・オースターマン
ノルウェイで書籍やギフトを扱う人気チェーン店ノータベネが、気候変化へのインパクトを抑えるため店内のメタルシェルフを再生紙でできた棚に変えるそうだ。低炭素社会への支持表明をなし、同企業は130ある店舗それぞれの什器や建具を100%オーガニックでリサイクル可能な材料でできたものに取り替えるとのこと。(ノルウェー2008年11月27日付「Stora Enso Ventures」プレスリリースより)
70年代の終わりか80年代のはじめごろのいつからか進歩は保守的になった。逆にデザイナーにとってこれは、それぞれの仕事が個人的な好みに基づくようになったくらいのことだったように思われる。建築家の中には自らがモダニズムに心酔していることをほのめかす者もいるにはいたが、それに支配的なパラダイムとして向き合うことは時代遅れであった。残りの者は歴史に心酔していた。でもそれがおそらく一番のポイントだろう。勝利をおさめた自由市場経済(あるいは新自由主義として知られてもいるもの)の結果として主張された「歴史の終わり」とともに、建築はその方向性を見失った。当時あらゆる種類のパーティ(党派)空間があった。ブロッブパーティ、伝統的響宴、ハードコアなテクノロジーパーティ、エコガーデンパーティ、メガストラクチャーアフターパーティ、そしてオンデマンドな個人主義からの終わりなきチルアウト。もし建築には微小な差異を作り出すことくらいしかできないだとか建築がただの差異でしかなくなったとしたら、あるいは、もし建築がベッドタイムストーリーを伝えることで事足れりとし、もうストーリーに寄与しようとしないのならば、そして、もし建築が原理的に物資を提供し、価値に重きを置かないのならば、そのとき歴史は本当に私たちの前を通り過ぎて行ってしまうのだ。
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3月20日にREADTANKを行います。
今回はVolume#18「AfterZero」の序文を読みます。建築における「エコ」問題を取り扱った文章ですが、サステナブルな建築とは何か、というような素朴な話ではもちろんありません。本当によりより生活をめざすためにわたしたちは「エコ」の名の下に起こる社会的な狂騒とどのように向かい合うべきなんだろう。もっといえば、「エコを問う」ということを問うためにはどうすべきなんだろう、という感じの旨が書かれています。ブラックなユーモアがピリッとスパイスを加えているすてきな文章です。以下はこの号の概説。
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もともとはちょっとおかしなヒッピー風イデオロギーだった「サステナビリティ」別名「エコ-フレンドリー」だとか「グリーン」だとかがいま世界中で受け入れられるようになった。でもそれってどういうことだ?環境的な切迫、政治的問題、技術的問題、歴史的必然、あるいは新たな世界の秩序?それからこれが受け入れられていることの帰結ってなんだろう?サステナビリティへのコンセンサスは結構危ない。というのも、このコンセプトはなんの政治的内容も持ってないが故にどんな要因にも使えるからだ。カーボンニュートラルやゼロエミッションはマジックワードのようなもので、自分たちの社会が持つ不平等さにまつわる複雑な倫理的諸問題を覆い隠しているんじゃないか。にしても、ゼロのための規制とかニュートラリティへの隠蔽は、すべてのひとがより良い都市の中で営む、より望ましい住居のなかでのふさわしい生活、をもたらしてくれはしない。アフターゼロというテーマは津波やカトリーナの恐怖によってインスパイアされたデザインに関して云々するものじゃない。ヴォリュームはゼロを超えた社会への理解を提案する。そのとっかかりとしてまずは二つのパースペクティヴを議論しよう。後期資本主義都市でのサステナビリティと都市農業の潜在力、これがその二つだ。
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参加したい、という方はご連絡下さい。お時間等の詳細をお知らせいたします。
ちなみにVolumeの翻訳状況はこんなかんじです。

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